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火の見櫓の歴史
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火の見櫓は、江戸時代に火災の発生を住民に知らせ、避難や消火の出動を促すために設置されたのが始まりです。 六実の火の見櫓に歴史ですが、大正時代までさかのぼります。初代は、丸太を一本立て太いくぎのようなものを左右に打ち込み登れるようにした簡単なものでした。(電柱を思い浮かべて頂ければ良いと思うのですが)2代目は、昭和の初めで、杉の丸太四本を立てて片面に梯子を取り付け上部に半鐘を吊るした物です。初代及び二代目は、櫓というより”火の見梯子”でした。現在の鉄骨製に立て替えられたのは、昭和三十年代になってからのことです。なお、火の見下にバスが停車するようになったのは、”松戸−日暮”間だったバス路線が藤ヶ谷へ延長された昭和四年の頃です。 三代にわたって火災予防のために活躍してきましたが、電話の普及と共に現役を引退し、六実地区の防災のシンボル並びに歴史遺産として保存している次第です。 |